SNPs・個性

ミトコンドリアは「発電所」だけじゃない?―子どもの脳の発達を支える、“動くミトコンドリア”のしくみ

ミトコンドリアは、ATPをつくる「細胞の発電所」だけではありません。神経細胞の中を移動し、作る・運ぶ・つなぐ・分ける・片づけるしくみを通して、形・場所・量・品質を変えています。子どもの脳の発達を考える、新しいミトコンドリアの見方を紹介します。

執筆
スクエアクリニック
子どもの横顔のそばに神経細胞と複数のミトコンドリアが重なり、ミトコンドリアが神経細胞内に配置されている様子を表したイメージ

「ミトコンドリアは、細胞の発電所です」

学校の理科や健康の記事などで、こんな説明を聞いたことがあるかもしれません。

ミトコンドリアは、私たちが食べたものなどから得た材料を使い、身体を動かすためのATPというエネルギーをつくっています。

ですから、「細胞の発電所」という説明は間違いではありません。

でも、ここで少し不思議なことがあります。

もしミトコンドリアが町の発電所のようなものだとしたら、その発電所は、細胞の中の同じ場所にずっと建っているのでしょうか。

実は、そうではありません。

神経細胞の中では、ミトコンドリアそのものが移動しています。

しかも、移動するだけではありません。

ミトコンドリアは、

作られ、運ばれ、つながり、分かれ、傷んだものが片づけられながら、絶えず状態を変えています。

この記事でいう“動くミトコンドリア”とは、単に場所を移動するミトコンドリアだけを指しているのではありません。

形も、場所も、量も、状態も変わり続ける。

ミトコンドリアは、そんな動的なシステムなのです。

2026年に『Nature Reviews Neuroscience』に掲載されたReviewでは、神経発達を考えるうえで、ミトコンドリアをATPをつくる装置としてだけではなく、生成、分解、融合、分裂、輸送まで含めて捉える重要性が整理されています。

今回は、その新しい見方から、子どもの脳の発達とミトコンドリアを考えてみます。

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① 発電所そのものが、神経細胞の中を動いている

神経細胞を思い浮かべてみてください。

神経細胞には、中心となる細胞体があります。

そこから長い軸索が伸び、さらに樹状突起が枝分かれし、ほかの神経細胞との間にはシナプスがつくられます。

神経細胞は、丸い細胞が一か所にまとまっているような単純な構造ではありません。

一つの細胞の中でも、場所によって必要な働きが違います。

遠くまで伸びた軸索。

神経細胞同士が情報をやり取りする神経終末。

枝分かれして情報を受け取る樹状突起。

こうした場所でも、ATPが必要です。

さらにミトコンドリアは、ATPをつくるだけでなく、カルシウムの調節など、神経細胞の働きに関わるさまざまな役割を持っています。

そこで神経細胞では、エネルギーだけを遠くへ送るのではなく、ミトコンドリアそのものを細胞内で移動させています。

ミトコンドリアは、細胞の中にある微小管などの構造と輸送のしくみを使って、軸索や樹状突起の中を移動します。

ずっと動き続けているわけでもありません。

移動したり、止まったり、再び動いたりします。

神経細胞の活動や細胞内のさまざまなシグナルに応じて、ミトコンドリアの移動や停止は調節されています。

町にたとえるなら、

「電気だけを長い電線で送っている」

だけではなく、

発電設備そのものも、細胞の中で配置を変えている

ようなイメージです。

これは、ミトコンドリアを「じっとしている発電所」と考えていると、少し驚くところかもしれません。

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② ミトコンドリアを動的に保つ5つのしくみ

ミトコンドリアの変化は、移動だけではありません。

大きく見ると、次のようなしくみがあります。

作る・増やす|Biogenesis

身体は、必要に応じてミトコンドリアを構成するタンパク質や脂質などをつくり、既にあるミトコンドリアをもとに、ミトコンドリア全体の量や設備を増やしていきます。

何もないところから完成したミトコンドリアが突然できるわけではありません。

町の発電所にたとえるなら、

発電設備をつくり足し、発電所全体を増やしていく

ようなイメージです。

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運ぶ|Transport

ミトコンドリアそのものが、細胞内を移動します。

特に神経細胞は長い構造を持っているため、ミトコンドリアの輸送は重要な研究対象になっています。

軸索の先や神経終末など、細胞体から離れた場所にもミトコンドリアが配置されます。

ただし、ミトコンドリア自身が、

「ここに行こう」

と目的地を決めて動いているわけではありません。

細胞内の輸送装置やシグナルによって、移動や停止が調節されています。

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つなぐ|Fusion

ミトコンドリア同士がつながることがあります。

これを融合、Fusionと呼びます。

つながることで、ミトコンドリアの内部にあるタンパク質や脂質などの成分を共有し、状態を調整することができます。

「元気なミトコンドリアが弱いミトコンドリアを治している」と単純に考えることはできませんが、融合はミトコンドリアのネットワークや状態を保つための大切なしくみの一つです。

町にたとえるなら、

離れていた発電設備のネットワークがつながる

ようなイメージです。

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分ける|Fission

反対に、一つのミトコンドリアが分かれることもあります。

これを分裂、Fissionと呼びます。

分裂は、ミトコンドリアを細胞内に配置したり、数や形を調節したりすることにも関わります。

また、傷んだ部分を切り分け、その後の品質管理につなげる場合もあります。

ただし、

「Fusionは良いしくみ、Fissionは悪いしくみ」

ということではありません。

ミトコンドリアにとっては、つながることも、分かれることも必要です。

重要なのは、その両方が適切に調節されていることです。

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片づける|Mitophagy

ミトコンドリアは、ずっと同じものが使われ続けるわけではありません。

傷んだり、不要になったりしたミトコンドリアは、選択的に回収され、分解されることがあります。

これがミトファジー、Mitophagyです。

町の設備で考えれば、

古くなったり傷んだりした設備を選んで回収し、処理する

ようなしくみです。

分解された材料の一部が、その後ほかの細胞内のしくみで再利用されることはあります。

ただし、ミトファジーそのものを、単純に「リサイクル」と同じ意味として考える必要はありません。

大切なのは、

使えなくなったものをそのまま残さず、品質を保つしくみがある

ということです。

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③ 5つは、別々に動いているわけではない

ここまで、

  • 作る・増やす
  • 運ぶ
  • つなぐ
  • 分ける
  • 片づける

という5つのしくみを見てきました。

でも、これらは独立した5つの機能が、ばらばらに働いているわけではありません。

例えば、ミトコンドリアが分かれることは、その後どこへ運ばれるかにも関係します。

分裂によって一部が切り分けられ、その後のミトファジーにつながることもあります。

融合すれば、ミトコンドリア同士で内部の成分を共有できます。

新しく設備をつくり足す働きと、不要になったものを片づける働きも、ミトコンドリア全体の状態を保つうえでつながっています。

つまり細胞は、

どれだけミトコンドリアがあるか

だけを調整しているのではありません。

どんな形なのか。

どこにあるのか。

どのような状態なのか。

傷んだものが残り続けていないか。

こうした、

量・形・場所・品質

を、複数のしくみを組み合わせながら調節しています。

「ミトコンドリア=ATPをつくる発電所」

という見方から、

「発電設備そのものが、絶えず組み替えられているシステム」

という見方へ変えると、ミトコンドリアの姿が少し違って見えてきます。

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④ なぜ、子どもの脳で大切なの?

では、なぜこのようなミトコンドリアの動きが、子どもの脳の発達を考えるうえで注目されているのでしょうか。

子どもの脳では、神経細胞や神経回路が発達していく過程で、大きな変化が続きます。

神経細胞が成熟する。

軸索が伸びる。

樹状突起が形づくられる。

神経細胞同士をつなぐシナプスが形成される。

そして、それらがつながりながら神経回路が成熟していきます。

こうした変化の中では、細胞のさまざまな場所でエネルギーや材料が必要になります。

そのため神経発達を考える研究では、

「ミトコンドリアがATPをどれだけつくれるのか」

だけでなく、

「神経細胞のどこにミトコンドリアがあるのか」

「どのような形をしているのか」

「どのように分裂・融合しているのか」

「古くなったものがどのように処理されているのか」

といったことも調べられています。

実験研究では、ミトコンドリアの新生、輸送、融合や分裂などが、神経細胞の分化、成熟、軸索の成長や枝分かれ、樹状突起の形成、シナプス形成などと関係することが報告されています。

ただし、ここから、

「ミトコンドリアが多ければ脳がよく発達する」

という話にはなりません。

発達にとって重要なのは、単純な量ではありません。

神経細胞の中で、さまざまなしくみが適切に調節されていることが重要だと考えられています。

2026年のReviewが示しているのも、

神経発達を理解するとき、ミトコンドリアの代謝だけでなく、ミトコンドリアそのものの形や移動、生成、分解にも目を向ける必要がある

という視点です。

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⑤ 神経発達症の研究からも見えてきたこと

この視点は、ASDなどの神経発達症を研究する分野でも注目されています。

これまで、神経発達症とミトコンドリアを研究するときには、ATP産生や代謝の異常が中心に調べられることが多くありました。

近年はそれだけではなく、

  • ミトコンドリアの形
  • 細胞内での移動
  • FusionとFission
  • 新しくつくるしくみ
  • Mitophagyなどの品質管理

まで含めて調べる研究が進んでいます。

これは、「ASDの原因がミトコンドリアである」という意味ではありません。

ここで大切なのは、神経発達を理解するための研究の窓が、少し広がってきたということです。

「エネルギーをどれだけ作れるか」だけではなく、

ミトコンドリアそのものが、神経細胞の中でどのように保たれているのか。

そこへも研究の視線が向いています。

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⑥ ミトコンドリアを見る目を変える

「ミトコンドリアは、細胞の発電所」

これは、今でも大切な説明です。

ミトコンドリアがATP産生に重要な役割を持つことは変わりません。

でも、それだけで終わらせると、ミトコンドリアの面白さの大きな部分を見落としてしまいます。

ミトコンドリアは、

作られ、

運ばれ、

つながり、

分かれ、

片づけられています。

しかも、それぞれがばらばらに起きているのではなく、

量・形・場所・品質を保つ、一つの動的なシステム

としてつながっています。

特に神経細胞では、長い軸索や複雑な樹状突起の中を、ミトコンドリアそのものが移動します。

だから、

「脳に必要なのはエネルギーだけ」

ではありません。

そのエネルギーをつくり、細胞のさまざまな働きを支えるミトコンドリアそのものが、どこにあり、どのような状態で保たれているのか。

それも、神経発達を理解するための大切な研究対象になっています。

まずは、ミトコンドリア=ATPをつくる発電所という一枚の絵に、作る・運ぶ・つなぐ・分ける・片づけるという動きを加えてみてください。

「発電所」だと思っていたものが、実は絶えず形や場所を変え続けるシステムだった。

そう考えると、子どもの脳と身体を見る視点が、また一つ広がります。

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医療・健康情報について

この記事は、ミトコンドリアや神経発達に関する一般的な医学・科学情報を提供するものです。

個別の症状の原因をミトコンドリアから診断したり、特定の治療や介入を推奨したりするものではありません。

参考文献

  1. Sirois CL, Lee J, Chambers AL, Zhao X. Mitochondrial dynamics in neurodevelopment and neurodevelopmental disorders. ↗Nature Reviews Neuroscience. 2026;27(5):307-326. DOI 10.1038/s41583-026-01031-7. PMID:41781679.
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  3. Mishra P, Chan DC. Mitochondrial dynamics and inheritance during cell division, development and disease. ↗Nature Reviews Molecular Cell Biology. 2014;15(10):634-646. DOI 10.1038/nrm3877. PMID:25237825. PMCID:PMC4250044.
  4. Evans CS, Holzbaur ELF. Quality Control in Neurons: Mitophagy and Other Selective Autophagy Mechanisms. ↗Journal of Molecular Biology. 2020;432(1):240-260. DOI 10.1016/j.jmb.2019.06.031. PMID:31295455. PMCID:PMC6946890.