脳にも「取り扱い説明書」がある?―子どもの反応を理解し、声かけを変えるために
「緊張しないで」と言われたのに、かえって緊張が強くなる。明日の発表を考えただけで、心臓がドキドキする。「失敗しないように」と意識するほど、失敗ばかりが気になる。脳にみられるこうした反応の特徴を、子どもの日常と声かけにつなげて紹介します。
- 執筆
- スクエアクリニック

発表の前、子どもの顔がこわばっています。
大人は安心させようとして、声をかけます。
「緊張しないで」
「失敗を考えなくて大丈夫」
「そんなに気にしなくていいよ」
どれも、子どもを励ましたい気持ちから出た言葉です。
ところが、子どもの表情はさらに硬くなりました。
頭の中では、
「緊張しないようにしなければ」
「失敗を考えてはいけない」
「気にしないようにしなければ」
と、「緊張」や「失敗」をますます意識しています。
大人の言葉が悪かったわけではありません。
ただ、脳の反応の特徴を考えると、別の伝え方のほうが子どもに届きやすいことがあります。
脳にも、知っておくと役立つ「取り扱い説明書」があるのです。
脳の取り扱い説明書とは?
家電には、安全に、上手に使うための取り扱い説明書があります。
もちろん、人の脳は家電のような機械ではありません。
一人ひとり、発達のしかたも、経験も、体調も、得意なことも違います。同じ言葉をかけても、すべての子どもが同じように受け取るわけではありません。
それでも、人の脳には、比較的共通してみられる反応の特徴があります。
たとえば、
* 考えないようにすると、かえって意識してしまうことがある
* まだ起きていないことを想像しただけでも、身体が反応することがある
* 周囲の情報すべてではなく、今重要だと感じたものへ注意が向きやすい
といった特徴です。
ここでいう「取り扱い説明書」は、子どもを思いどおりに動かすためのマニュアルではありません。
子どもの反応を責める前に、
「脳には今、どのようなことが起きているのだろう」
「この子は何に困っているのだろう」
と考えるための説明書です。
「考えないで」と言われると、なぜ浮かんでくる?
ここで、少し試してみましょう。
今から、白熊のことを考えないでください。
どうでしょう。
「考えないで」と言われた直後に、白い熊が浮かんだ人もいるのではないでしょうか。
ある考えを意識から追い出そうとするとき、私たちは「その考えが浮かんでいないか」を確認する必要があります。
白熊を考えていないか確認するには、いったん白熊を思い出さなければなりません。
このため、考えを抑えようとすることが、条件によっては、その考えを意識しやすくする場合があります。
ただし、誰にでも、いつでも、必ず同じ現象が起きるわけではありません。
それでも、発表前の子どもに、
「緊張しないで」
「失敗を考えないで」
と繰り返すと、子どもの頭の中で「緊張」や「失敗」が目立ってしまう可能性があります。
そのようなときは、「しないこと」よりも、「今すること」を伝えます。
「足の裏を床につけよう」
「息をゆっくり長く吐こう」
「最初の一文だけ、ゆっくり言ってみよう」
子どもが次に行うことを具体的にすると、注意を別の対象へ向けやすくなります。
まだ起きていないことでも、身体は反応する
明日の発表や試合を想像しただけなのに、心臓がドキドキする。
手に汗をかく。
お腹が痛くなる。
眠ろうとしても、頭の中で何度も本番の場面が繰り返される。
そのような経験は、大人にも子どもにもあります。
実際にはまだ何も起きていません。
それでも、未来の出来事を鮮明に思い浮かべることで、感情が動き、身体の覚醒反応を伴う場合があります。
これは、「脳が現実と想像を区別できない」という意味ではありません。
人は、現実に起きていることと、想像していることを区別できます。
一方で、想像した場面が感情や身体の反応へ影響することもあります。
そのため、子どもが明日のことを考えて緊張しているとき、
「まだ起きていないのだから、心配しなくていい」
と言われても、身体の反応はすぐには止まらないことがあります。
まずは、
「明日のことを考えると、身体はもう本番みたいに緊張するんだね」
と、子どもに起きている反応を言葉にしてみます。
心配を正しい、間違っていると判断する前に、「今、身体に何が起きているか」を一緒に確かめるのです。
脳は、重要だと思ったものを見つけやすい
私たちの周囲には、たくさんの情報があります。
音、文字、人の表情、机の上の物、身体の感覚、過去の記憶、これからすること。
脳は、それらをすべて同じ強さで処理しているわけではありません。
膨大な情報の中から、今重要だと判断したものを目立たせる、複数の仕組みが働いています。
そのため、
「失敗しないように」
「間違えないように」
「忘れないように」
と繰り返し言われると、子どもの注意が「失敗」「間違い」「忘れ物」へ向き続ける場合があります。
テストを見ても、できた問題より、間違えそうな問題ばかりが目に入る。
発表を振り返っても、最後まで話せたことより、一度言葉に詰まったことだけが残る。
忘れ物をしないように考え続けているのに、「忘れ物」という不安ばかりが大きくなる。
この反応を、単純に「RASがすべての情報を選んでいる」と説明することはできません。
覚醒や注意には、脳幹の網様体に関係する仕組みだけでなく、視床、前頭葉、頭頂葉などを含む複数のネットワークが関係しています。
大切なのは、脳の部位名を覚えることではありません。
声をかける言葉によって、子どもの注意が向く対象も変わり得る
と知ることです。
「間違えないで」ではなく、
「最初に名前を書こう」
「失敗しないで」ではなく、
「まず、最初の一問を読もう」
「忘れないで」ではなく、
「今、連絡帳をランドセルへ入れよう」
このように、注目してほしい対象を具体的にします。
今日からできること
今回、今日から試すことは一つです。
「しないこと」ではなく、「今すること」を伝える
たとえば、
「緊張しないで」ではなく、
「足の裏を床につけて、最初の一文をゆっくり言おう」
「失敗しないで」ではなく、
「最初に名前を書こう」
「忘れないで」ではなく、
「今、連絡帳をランドセルへ入れよう」
「怖がらないで」ではなく、
「私と一緒に、入口まで歩こう」
と伝えます。
これは、子どもの行動を細かく指示し続ける方法ではありません。
不安や緊張が強いときには、頭の中で複数のことを考え、順序を決め、行動を始めることが難しくなる場合があります。
そのようなときに、「何をしてはいけないか」ではなく、「最初に何をするか」を具体的にする方法です。
一歩目ができたら、次のことを子ども自身が選べるよう、少しずつ大人の指示を減らしていきます。
脳の特徴を知ると、子どもの見え方が変わる
緊張を止められない。
嫌なことが頭から離れない。
失敗ばかりを気にしてしまう。
まだ起きていない未来を、何度も不安に思う。
そのような反応があるとき、本人の意思が弱いとは限りません。
「気にしすぎる性格だから」
「もっと強くならなければ」
「本人が考え方を変えればよい」
だけでは説明できないことがあります。
脳がある情報へ注意を向けている。
考えを抑えようとして、かえって確認を続けている。
未来の場面を想像し、身体が緊張している。
そうした可能性を知ると、子どもの見え方が少し変わります。
そしてこの知識は、大人だけのものではありません。
子ども自身も、
「今、失敗を考えないようにして、逆に失敗が頭から離れなくなっているかも」
「明日のことを考えて、身体が本番みたいになっているのかも」
「できないところばかり探しているかも」
と、自分の脳と身体に気づけるようになります。
気づくことは、自分を責めることではありません。
次に何をするかを選ぶための、最初の一歩です。
Brain Managementで考えていくこと
Brain Managementは、脳を自由に操作したり、思いどおりに書き換えたりするためのカテゴリーではありません。
このカテゴリーでは、想像、注意、模倣、共感、目標、記憶など、脳にみられる反応の特徴を、子どもの日常や声かけとつなげながら紹介していきます。
脳科学の知識を増やすことだけが目的ではありません。
「なぜ、この反応が起きるのだろう」
「子どもは何に困っているのだろう」
「どのような経験や言葉なら受け取りやすいだろう」
と考えるために使います。
子どもを責める前に、脳の反応を見てみる。
大人の言葉を、子どもが次の一歩を選びやすい形へ整える。
それが、「脳の取り扱い説明書」のはじめ方です。
医療・健康情報について
この記事は、脳の働きや子どもへの声かけに関する一般的な情報を提供するもので、個別の診断や治療を行うものではありません。
強い不安、パニック、登校困難、生活への大きな支障、急激な行動や精神状態の変化がある場合は、声かけだけで解決しようとせず、医療機関や適切な支援機関へ相談してください。
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